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十話


「こんな夫婦喧嘩ばっかりしてる家にいたくねえから散歩に行ってくる。」
勇孝は、吐き捨てるように早口で言った。
応接間のドアを、壊れてしまうほどバチ―ンと閉めるともの凄い音がしたが、そんなことには気も留めずに部屋を出て行った。それと同時に雅浩が、「この馬鹿野郎。」という汚い言葉を発した。
勇孝は、いつもの散歩コースをやめて、河川敷をとぼとぼと歩いていた。
勇孝はなぜ家の親は、こんなに夫婦喧嘩がたえないのだろうかと思い悩んだ。昔はこんなに頻繁に喧嘩することはなかったし、言い争いもあまりしている所を見たことがなかった。
夫婦喧嘩は犬も食わないというが、少しだけ両親の喧嘩に口を出していた。なぜなら、両親が喧嘩をする理由が分からなかったからだ。たいして喧嘩をすることでもないのに、親達は憤怒してしまう。何か他に原因があって、そのことで揉めているのではないのだろうかと考えてみたが、どうもしっくりこない。
勇孝はそんなことを考え散歩していたが、とにかく自分には何もできないし、果たして両親に喧嘩の原因を聞いたら、子供に話してくれるのだろうかと思っていた。
勇孝は、ほんの少しの間だけ子犬のことを忘れてしまうほど、両親の喧嘩を心配していた。
十五歳の少年に、悩みが絶え間なく襲ってきて押し潰されそうになり、この世界からいなくなりたいと叫びたい気持ちになっていた。


その日勇孝は学校で元気がなく、体調が悪そうであった。
「勇孝、今日は元気ねえな。なんかあったのかよ。」
休み時間に、隣の席の友人の市村太一が話しかけてきた。
「ちょっとね。」
太一とはクラスメイトとして仲が良かったが、悩みを話すほどの友人ではなかった。雄也と違って、太一と話している時はどこか気を使ってしまう。太一だけが例外というわけではなく、他の幾人かの友人達にも何でも話せる仲というまでには至らなかった。
勇孝の前方に座っている真奈美は、話を黙って聴いていた。真奈美も勇孝のことが気にはなっていたが、とても話しかけることは出来そうになかった。
勇孝は孤独で、誰かに助けてもらいたいと本当は思っていた。話を聴いてもらいたいし、悩みを打ち明けたいと思っていたが、雄也には子犬の事故のことで大変迷惑をかけたので、これ以上迷惑はかけられなかった。両親の喧嘩まで悩みを聞いてもらうわけにはいかないと、一人小さな胸にしまい込んでいた。
勇孝はうつむいて、昨日の事故や朝の夫婦喧嘩のことを考えていた。
そんな彼の様子を遠くで見守っていた雄也が、立てた前髪に触れながら近づいてきた。


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