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十五話


雄也は、顔を真っ赤にしながら不満をぶつけた。
「だったら、中田先生か富田先生に話を持っていくのはどうですか。」
勇孝の隣に寄り添うようにして立っている真奈美が、的確な答えを導き出した。
「そうね、学年主任の中田先生に話してみた方がいいわね。」
彼らが討論している間、壁に掛けられた時計は一人虚しく時を刻んでいた。勇孝が横になっているベッドの壁際の窓が少し開いていて、小さな子供が口笛を初めて吹くような音が、誰にも気付かれずに鳴っていた。
勇孝は、みんなに心配されているのが嬉しかった。特に、真奈美が側に寄り添っていてくれるのは、日常にはあり得ないので、このまま病気になってしまいたいとまで思っていた。
しかし、たちまち口の中に血が溢れてきて、すぐに現実に戻された。血の味が嫌というよりも、傷口が以外に痛くて気が滅入っていた。
勇孝は真奈美の顔を、誰にも気付かれずにそっと見上げた。とても、心配してくれているのだと実感した。窓のかすかな隙間から風が吹き、真奈美の肩まで伸びた艶のある髪がなびき、シャンプーのいい香りがした。

血と香りが混ざり合い、幻想的な映像が鮮明に現れた。勇孝が辺りを見渡すと、黄金のじゅうたんのような麦畑の中に一人立っていた。
今までみんなが勇孝を取り囲んでいたのに、誰もどこにもいなかった。
「真奈美、どこだー。」
不安と恐怖に苛まれながら、喉が嗄れるほど大きな声で叫んだ。
しかし、どこからも返事は聞こえてこない。
勇孝は、額に汗をにじませながら、全速力で走り回った。
どこまでも、どこまでも、走り続けた。しかし、誰もいない。走ったことによって汗が噴き出してきたが、すぐに冷や汗に変わっていった。
足元を見ると、なぜか靴を履いていなかった。なぜ靴を履いていないのかと考えてみたがどうしても思い出せない。裸足ではあったが、少しも足裏が痛い感覚はなかった。
しかし、目の下と口の中が痛くて仕方なかった。痛くて痛くて、なぜか妙に悔しかった。
すると、悔しさを思い出せたためか、客観的に自分自身を見つめることに成功した。
勇孝は、人ではなく鳥になることを願い、雲ひとつない青空を見上げた。
突然、果てしなき遠くの世界からたった一匹の、図鑑にも載っていない鮮やかな小鳥が、この世界に迷い込んできた。その小鳥は、優しい眼差しで彼を見ている。
勇孝は、その小鳥になりたいと思った。前にすごく辛いことがあって、全てを投げ出してこの世界にきたのではないかと、記憶が戻り始めた。


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