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十六話


すると、サッと映像が摩り替わり、小鳥になることができた。
高い場所からの視点に変わって、魂の抜けたかのような肉体の自分が、視界に入り込んできた。
勇孝は、自分自身を見た。肉体と精神が分裂した自分を見た。今まで経験したことのない領域で、自分自身を見つめ直した。
だが、いくら見つめ直しても、黄金のじゅうたんの中で、一人ぼっちでもがき苦しむだけしか出来ずにいた。。
どのぐらいの時が経過したのか分からず、上空から遠くを見てみたが、どこまでも黄金のじゅうたんが地平線の果てまで続いていた。
「真奈美。」
勇孝は、真奈美の名前を呼んだ。
「・・・・・・。」
耳には届かない、魂に話しかける声が聞こえたような気がしたが、心底疲れ果てていて、何も考えられなくなってしまっていた。
地平線の果てまで黄金のじゅうたんは続いていて、何もかもが洗われて汚れた物は一つも見つからなかった。勇孝は今まで気が付かなかったが、まるで天国にでもいるのでは思ってしまうほど幻想的な光景であった。
山もなければ海もない。でも、黄金のじゅうたんだけは何処までも続いている。勇孝は、それだけで十分な気がした。
当然、勇孝はこの世界に満足していた。
だがこの世界には、いつまでもいてはいけないのではないかと少し思い直した。
「勇孝君。」
どこか違う世界で、自分を呼んでいる気がした。どこか懐かしくて、恋しい声だ。
この恋しい声には、絶対に答えなくてはならないという使命感だけが彼を動かした。
そして、目を閉じると今度は、暗闇の中に一人立っていた。
音もない光もない、まして真奈美も雄也もいない。存在するのは自分だけ。
暗黒の世界で両手を大きく広げて左右前後に歩く。両手を広げてみれば何かにぶつかるのではないかと希望を持っていたが、すぐに打ち砕かれた。
何度も手を振り回したが、何も掴めない。天に地上に、手を持っていっても土もない。まるで手の感覚を失ったかのようだ。
先程までの世界と正反対で、この世界では恐怖が無限に膨れ上がってきた。大きな闇に心を盗まれてしまい、恐怖しか感情がなくなっていた。
そんな死の世界で、たった一つの光が差してきた。
「いい香りがする。」
勇孝は呟いた。
「いい香りだ。」



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