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十七話


黄金のじゅうたんの世界では、感じられなかった五感である。視覚が邪魔をして感じられなかった嗅覚が、今では犬のように発達していた。
勇孝は、最近の記憶を辿ることに成功した。暗闇の中では意識がしっかりとして、深く物事を考えられた。
「俺は、どこにいるんだ。いったいこんなところで何をしてるんだ。暗くて何も見えない。何でこんな所にきてしまったんだ。怖い、怖いよ。真奈美、みんなどこにいるんだ。あの小鳥はどこにいったんだ。あれは、幻だったのか。でも、俺はこの目で見たんだ。間違いなく小鳥はいるはずなんだ。そうだ、あの小鳥を探そう。小鳥を探し出せば、この世界から抜け出せるかもしれない。」
勇孝は何の根拠もなかったが、藁にもすがる思いで必死になって小鳥を探し回った。
「でも、こんな暗黒の世界に、あんなきれいな小鳥が現れてくれるのか。」
正解のない答えを、一人孤独と戦いながら希望の光へ向かって走り出す。
「この香り、懐かしい香りだ。何度も嗅いだことがあるはずだ。そうだ、絶対に忘れてはならないはずだ。大好きな香りなんだ。大切な人の香りなんだ。」
勇孝は、自問自答を繰り返す。
「大切な人の香りだ。こんな光の閉ざされた世界でも、見失わない、忘れてはならないもんなんだ。」
精神を集中し、闇の中で目を凝らした。
そして、感覚の失われた体を横たえて大の字に寝転んだ。
すると、肉眼では決して見られないはずの光が、太陽の眩しさににも匹敵するほどの温かさが、勇孝の全身に降り注いだ。
暗闇の中には現れるはずのない、見えるはずもない鮮やかな小鳥が、黄金の世界のときよりも更に神々しさをまして、光の中心となって出現した。
「君は、いったい何者なんだ。」
答えの返ってくるはずのない質問を、その小鳥になげかけた。
「ここは何処なんだ。この世界から出してくれ。お願いだ。こんな世界は真っ平だ。答えてくれ、お願いだ。」
だがその小鳥は、勇孝をただただ見つめ哀れんでいる。
勇孝は小鳥の前でひざまずいた。その小鳥に恐怖を感じ始めていたのだ。何もかもが見透かされていて、自分の醜い部分を世界中の人々に観賞されているような気がした。この場所から早く逃げ出したい、元の世界に戻りたいと心の中で願った。
鮮やかな小鳥は何も答えてはくれない。けれども香りを与えた。懐かしい香りを暗黒の世界に届けてくれたのは、紛れもなく小鳥であった。
勇孝はもう一度、恐怖に負けないようにその小鳥の目をまっすぐに見た。
鮮やかな小鳥は勇孝の目を見て、すべてを悟ったかのように、彼の頭上からかすかな風と香りをたてて飛び立っていった。


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