トップ 小説 自己紹介 掲示板 リンク メールマガジン

二十話


そのため、優里の期待に添えない、呆気ない返事をしてしまっていた。しかし三井が近くにいるので、優里もそれ以上会話をすることはなかった。
優里が手垢のついた窓ガラスから外を見ると、三年三組の生徒達が体育の授業でサッカーに興じていた。そこからは、かすかに楽しそうな笑い声が聞こえてくる。サッカーをしている彼らの爽やかな笑顔と、教室にいる生徒の引きつった顔を見比べると、天と地ほどの差であった。 生徒達が、息をひそめる原因を作り上げた三井が、窓際に立ち尽くしていて、独り言をぶつぶつと呟きながら頭を掻いていた。
授業が終盤にさしかかった頃、廊下から大きな足音を立てて歩く音が聞こえてきた。その足音は子供がバタバタと無邪気に走るような音であった。
最初にその音を聞きつけた優里は、「真奈美たちが戻ってきた。」と席を立って言いそうになったが、躊躇せざるを得なかった。なぜなら窓際に立っていた三井が廊下から離れているにも関わらず、その音を聞きつけて顔をしかめていたからである。
そんなことも露知らず、雄也達は楽しそうに話をしながら廊下を歩いてきた。無論、授業中というのは知っていたが、三井が教室にいると思うと騒がずにはいられなかったのだ。
雄也が先頭に立って、重苦しい教室のドアを勢いよく開けた。
勇孝が三井の表情を見ると、険しい顔をしていた。
「先生、真に申し訳ありませんでした。先生に口答えをした俺が全て悪いんです。今後このようなことのないように気をつけます。本当にすいませんでした。」
三井は何か言いたそうであった。勇孝は心にもないことを計算して言った。
勇孝が、突然謝罪の言葉を述べたため、静かな海のようだった教室は物音一つしないほど静まり返った。その教室では絶対的な権力を持っている三井だけが微笑していた。
「そうか、先生がお前のことを考えてしたというのを分かってくれたか。暴力ではないんだ。本当にお前のことを考えてしたんだ。だから決して暴力なんかじゃないんだ。いわゆる愛の鉄拳ってやつだな。そうか、先生の真意は伝わってたんだな。安永、先生はうれしいぞ。みんな、今日のことは体罰でも暴力でもないんだ。わかるな。保護者や他の先生には言うんじゃないぞ。」
三井は嬉しそうに、ほっとしたかのように言った。
勇孝は廊下を歩いている途中、雄也と周平が会話していたが、あまり話さずに三井との言葉のやり取りを懸命に考えていた。自分がこう言ったとしたら、三井はこう言うだろうとシミュレーションを行なっていた。
所詮、三井の頭ではこの程度だろうと、勇孝は見下していた。時々勇孝は、自分がこう言ったら相手はどう思いどう発言するかを計算して、自分の有利な方へ物事を運ぶことがあった。
頭の中では物語が勝手に進んで、未来が見えていた。三井は自分を殴ったことを後悔する。そして俺の前に土下座をするとまで、ストーリーは出来上がっていく。



19話 21話




アクセス解析 SEO/SEO対策