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七話


だが勇孝は涙を拭い、家族に悟られまいとして心を静めることに集中した。
「ただいまー。」
勇孝は玄関のドアを開けると、声変わりしはじめた十五の声で元気よく言った。両親に心配をかけまいとして、精一杯声を出していたのだ。
小学校六年の時に、友人と殴り合いの喧嘩をして、目の下にあざが出来た時も両親に悟られまいとして、階段で転んだと嘘を付いたこともあった。
勇孝には両親に心配をかけまいという気持ちもあったが、それよりも家庭内で揉め事を起こしたくなかったのだ。
最近、父親の雅浩が仕事で面白くないことでもあったらしく、母親の紗季と口論していた。決して仲の悪い夫婦ではないが、ここの所意見がぶつかり合うのが多々あった。そのため、勇孝は気を遣い大人しくしていた。
「勇孝、遅いわね。いったい何時だと思ってんのよ。」
紗季は、雅浩も遅いため非常に怒っている。ふと、こたつの隣の大きな時計を見ると、時刻はとうに八時を過ぎていた。
「あんたは部活もやってないんだから早く帰って来られるはずなのに、どこで道草食ってんのよ。」
紗季は、息もつかせず捲くし立てた。
「この前の中間テスト、百番以内に入れなかったじゃない。まったく、どこの高校行くつもりなのよあんだ。遊んでばっかりいないで勉強しなさい、勉強を。」
勇孝は、何かあるとすぐに勉強勉強とうるさく言う母親にうんざりしていた。彼は返事をすることなく、二階の一番奥にある自分の部屋へ行くため階段を駆け上がった。
そして、部屋へ閉じこもるとベッドへ横たわった。全身の力を抜いてみたが、体の疲れは取れても、精神的な疲労から逃れられはしなかった。
一人になってみると、今日起きた出来事が走馬灯のように去来し、心はずたずたになっていった。
勇孝は気持ちを落ち着けるために、音楽でも聴こうと思い立った。どちらかというと流行歌を聴くよりも、自分自身で本当にいい曲だと思う歌を好んで聴いていた。学校の連中は流行の歌を聴いていたが、そんなのはどうでもよかった。彼らは売れている曲に興味があり、テレビやラジオには音が溢れている。対してメッセージ性のない歌が、CMやドラマの主題歌と共に荒れ狂った河川のように流れている。彼らの思考は全く動作することなく、それらの曲を押し付けられているとしか勇孝には思えなかった。自分の意思はいったいどこにあるのだろうかと、学校で雄也に語ったことがあった。
その夜勇孝は食事をせずに、尾崎豊の十五の夜を聴きながら眠りについた。
勇孝は、朝の光を浴びるようにして目が覚めた。彼は比較的朝起きるのが早く、朝日が差し込んで気持ちよく目を覚ますのが、日常の中の些細な喜びの一つであった。


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